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2009年7月

2009年7月 5日 (日)

「共通サイズの服」型教育の終焉?

これは「フリーエージェント社会の到来」のなかから、孫引きになります。

「社会学者のマーシャル・マクルーハンは、学校は『子供を放り込んで加工する均質化装置』であると書いている」

この書籍は学校を否定しながらも、学校がもたらした功績は認めている。つまり産業革命から現在までの経済的発展に貢献したことはしっかりと肯定している。

私の考えとしては、教育もフリーエージェントにあわせてシフトする必要があるのではないかともいます。働くあり方が変われば当然それの元となっていた教育も働き方にあわせるのが普通である。

日本だけを見てみると、第一段階である教育が始まった段階(寺子屋など)、第二段階の国として教育制度が確立されてきた明治時代の学制、第三段階としてそ れが発展してきた現在の状況、そしてさらに今フリーエージェント社会が目指しているのが第四段階の「共通サイズの服」を着せない教育になると思います。

だから別に今までの教育制度を批判するものではなく、その今までの教育制度があったからこそできるシフトと理解するといいのではないでしょうか。

しかしこの本を読んでいる限り、すべての教育がシフトするとは思えません。私の予測としては大体5:5=今まで:フリーエージェントのようになるのではないかと思います。

日本の場合ですが、そうなるとちょっと時間がかかるのではないかと思います。現にこの本が書かれたのは2002年で、アメリカはその時点で私が知っている範囲で2009年の日本よりフリーエージェントが浸透していると思います。

さらに頭のお堅いかたがたが、日本という国の上層部を牛耳っているような状況になってしまっています。だからその人たちが退いてからではないと、教育自体もシフトのしようが無いと思います。

軽く20年以上はかかる(世代交代を想定して)のではないかなと思います。世代交代も含めてフリーエージェントが住みやすい社会を確立させようとするには予想以上に時間がかかると思います。

そうなるとそれに付随した教育機関の遅れに気づくのに10年弱・・・と考えるとかなりの時間が必要になってきます。

だからもしこの本を読んで、自由に満足のいける仕事がしたいと思った人は、アメリカに行ったほうが早いんじゃないかと思います。

日本で活動しようとしてもいいかもしれませんが、もしそのような行動を移すことになればうえのほうから潰されてしまうのがおちじゃないでしょうか。

こてこての学歴社会、年功序列で生きてきた世代にはフリーエージェントなどは粗悪なものとして扱われるのではないかと思います。

だから教育自体すぐ変わるとは思えません。変わるとしても100%転換するとも考えにくいです。

でもフリーエージェント社会は応援していきたいと思います。

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