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2009年6月30日 (火)

労働組合のただしいあり方

結構前のブログで労働組合は無いほうがいいのではないかという意見を言ったと思います。

それはちょっと間違いだと思ったので、労働組合のただしいあり方というのを自分なりにまとめてみたいと思います。

労働組合というのは労働者から成り立っています。

私の前の意見では、優良な経営者の立場に立てば労働組合など存在価値がないという意見です。

しかし、ではなぜ歴史的に見て労働者の権利が主張されてきたり、様々な労働者を保護するような法律まで出来上がってきたかというような背景を見ると、それらは必要だから創られたとしか考えられません。

それでも私はまだ疑問でした。

労働組合がなぜできるのかという、設立の理由として「企業のチェック機関として」と「労働者の意思表示の場」という2つの理由があるというのです。

しかし基本的に企業には監査もあるし、経営者がしっかりとしていればステークホルダーすなわち労働者の権利をも尊重する立場にいることから、何の問題も無くことが進むと思っていました。

優良な経営者と管理者がいれば労働組合などいらないはずです。しかし、人間は欲が出る。

裕福なものはさらに裕福になるようにその道を追求していく。だから企業内での格差ができる。そうなると、労働者が権利を主張しだす。

では格差をなくすためには労働者の権利を守ればいいのか。労働状況を保護して会社が労働者の満足がいくまで保障すればいいのか?

そうなると、アメリカのGMのようになってしまうと思います。

労働者を保護しすぎると、いくら巨大な企業でもその負担に耐えかねてつぶれてしまう。

そうなると労働組合どうのこうのの話ではなくなってしまいます。それは完璧に労働組合の経営妨害とでも言うのでしょうか。それとも経営者の意志が弱いとでも言うのでしょか・・・

で、私が考えた労働組合の公式です。

・労働者=使用者
これが理想の形です


・労働者>使用者
こうなると、労働者の過剰保護で企業がつぶれます

・労働者<使用者
これだと使用者の権力乱用で企業内格差が広がる一方です。

だから常に経営者も労働組合も<労働者=使用者>の形を忘れてはならないと思うのです。

私の理想の経営者としては、労働組合がないと労働者の保護すらも考えられないような経営者はどうってことないように思えます。

組合が無くともそこまで考えて経営をしたほうが、効率も上がるし、企業価値も上がるし、なにより従業員が働きたくなるような企業作りになっていくと思うからです。

いわれてやるのか、その前にやるのか。簡単にするとこれと同じレベルの話だと思います。

それを実行に移す難しさは、経営者にしか分からないと思います。

だから今書いている意見は、どちらかというと労働者からの視点から見た労働組合でした。

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