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2009年2月

2009年2月25日 (水)

道は開ける「PART1」

ちょっと人生最大にへこんでいる今日この頃。さっと手を伸ばした本がこれでよかったと思いました。なんだか自分は本と出合うときいつも偶然に最高のタイミングで遭遇します。そんな先人たちに感謝感謝。

PART1を読んでいてこれは自分のなかで「響いた」という言葉を少し紹介したいと思います。

「私たちは秒速30キロで空間を走っている。『今日』は私たちにとってかけがいのない所有物である。私たちにとって、唯一の確実な所有物なのだ。」

うわーと思いました。背筋がぞくぞくっというかなんというか、「これだ!!」っていう感じがしました。現在の自分の状況で何かヒントになるものがないかと 探しながら読んでいたのですが、まさにこれが自分のほしがっていたものです。なんとなく文章自体もかっこいいし。「空間を走っている」なんてね~かっこい いじゃないですか。(秒速30秒というのはどう計算したかはちょっと気になるところですが)

このPART1のいいたいことというか、この分から伝わってくるのはとにかく「今日」の大事さということです。これはこの前後の文などに書いてあるのですが、ほかの文章より自分が一番しっくりくるものを抜粋してみました。

実際まだ自分には実感というか体験していないのではっきりとは言えませんが、とにもかくにも一番重要されるべきは「今日」ということです。未来ではなく、 過去ではなく、今現在あなたが生きているその瞬間瞬間の今、そして今日。あなたが生きているのは未来でもなく過去でもない。今日である。だから今日を精一 杯生きるのである。すると人は困難にぶつかり悩んだときに、しっかりと地に足をつけて前に進むことが可能になる。つまり「道が開ける」ということですわ。

「人生とは、生きることの中、つまり毎日毎時間の連続の中にある」

まさしくそのとおりです。

「賢者には毎日が新しい人生である」

そんな人生だったら楽しいに違いありません。だったら実践するしかありません。

「朝起きるときには『今日を捕まえよう』」

未来でもなく過去でもなく、今日と向き合う。捕まえるのは今日だけだ。

「過去の出来事―すでに決着のついたことがら―を後悔するあまり、現在をも傷つけてはいないだろうか?」

まさにそれがここ2,3日に自分でした。もったいない。今日に集中すると、現在を傷つけなくてすむ。

というような抜粋の文章をいくつか。やっぱりこれは今の私に読まれるべくして読まれたような感じがします。今の私に。「今日一日の区切りで生きる」ことを さっきすでに始めました。これを読んでいた電車の中で。読んで1秒後に。だって秒速30キロで時間を走っているとしたら、もったいなくて「今日」に申し訳な い。しっかりと使うべきですね。

もう一度、

「今日一日の区切りで生きる」

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2009年2月24日 (火)

最近の気づき

最近はいろんなことが起こります。いいこと悪いこと、それからなんともいえないこと。そんなことは日常茶飯事なのですが、ここ最近は自分の中でもかなり多いつきではないかと思います。

まず、卒業が近くなってアルバイトとかも本当に終わってしまうのだという実感がわいてきました。悲しいといえば悲しいけど、働くのがわくわくするというのも本心です。あと卒業まで1ヶ月ちょいなので実感が今までよりわいてきました。

そして新境地開拓とでもいうのでしょうか、違うフィールドへ飛び出してきました。少しだけ。いつもは語学系の勉強しかしないのに簿記というなんとも無縁な資格に挑戦してまいりました。新鮮ですごい刺激になりました。

そしてそして、投資セミナーとやらに参加してきました。たまたま日経新聞で見つけた新聞広告に自分がよく読む本の著者でもある勝間さんが出るし、ということで見つけた瞬間にPCで予約しました。これもまたいい刺激になりました。生の情報と、周りの人たち。そして更なる資料たち。とてもいい時間をすごすことができました。これについてはメモも取ったので後ほど日記で書こうと思います。

そしてそしていいことばかりではありません。今日、最悪の事態が起きました。内容には触れたくないくらい最悪な・・・f**k it

まーそして明日は雨。気分がずーんと沈むのは目に見えています。普通なら。

しかーし。天気に左右されるほど自分は弱くありません。雨をも味方につける。そんな人生を歩んでいくと決めたので、どんな天気だろーが関係ありません。自分には。ちょっとおちついたので読書でもして教養と知識と情報を蓄えようと思います。

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2009年2月19日 (木)

織り込みチラシ

最近ちょっと思ったことがあります。それは織り込みチラシと新聞と買い物の関係について。

自分の考えたモデル、パターンAとBどっちが得なのでしょうか。新聞を毎月約3000円で購読する変わりに、安売り広告をゲット。そしてそれを元に日用品のセール品を買いあさる。というパターンAと、月3000円をやめてしまうが、安売りは分からずとりあえず買い物に行くというパターンBです。

最近不景気になって新聞をやめる人が多いのではないでしょうか?でもまだ新聞を取っているお宅もあると思います。ぎりぎりの生活でやっていたら、とりあえず新聞とかから削っていくものと思われます。

果たしてチラシだけのために新聞を取っている人は、安売りの広告で毎月3000円以上の割引を受けているのでしょうか?

月に2日に1回買い物に行く計算で、1回に合計の割引が100円だとします。すると15×100で1500円の特に。3件も4件もスーパーを駆け回って一 回に100円の割引。車があるにしても、1つの店だけ行くわけではないのでガス代もかかります(車の燃費にもよりますが、大体リッター15キロと仮定して ガソリンはリッターあたり100円とします。いつもは往復15キロでいけるところを安売りめぐりをしなければならないということで30キロということで倍 のガソリンを消費することになります)。いつものスーパーよりも遠いとこにあるときはなおさらです。

さらにそこに時間という黄金以上の価値があるものが関 わってきます。同じスーパーなら往復20分ですむのに、いろいろいくから40分くらいかかってしまう。さらに長く外に出ているので渋滞につかまる可能性も 増えてくる。スーパー内ですごす時間も自然と長くなります、長いレジに何回も並ばなければいけなかったりと。(20分が40分へと)

そう考えると、今現在新聞のチラシを頼りに何件もスーパーや八百屋などを行き来しているお宅は新聞をやめて1ついくスーパーを決め、そこでたまるポイントカードかなんかをつくって毎回そこのスーパーで買い物をしたほうがずっと得であるということが分かります。

こう考えると、新聞の折り込みチラシだけで新聞の購読料の元を取ろうと思ったら不可能だということが分かります。まとめると・・・

パターンAの場合

0円(新聞の購読代)-500(同じスーパーのポイントカード)
合計-500円

パターンBの場合
3000円(新聞の購読代)-1500(チラシによる割引)100円(余分なガソリン代)20分(移動時間)20分(買い物時間)
合計1600円+40分

自分が考えたモデルで考えるとなんと2100円と40分もパターンAの方が得だということになります。これを1年換算だと25200円と480分(8時間)になります。金額はもうちょっとで韓国に旅行にいけてしまいます。8時間あったら飛行機でオーストラリアまで行けちゃいます。

こんな不景気ですが、みなさん賢くお金と時間を消費していきましょうね。

ちなみにこれが記念すべき100回目の書き込みです。続いています。アウトプット!!!

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2009年2月18日 (水)

中川財務相泥酔 part 2

Fuckhim どうしてもこのことについては書かないつもりだったのですが、ちょっと思いついたことがあったので。

なんでも今回のことは世界中の人が注目していました。ということでもうこれは、日本の恥というより日本の罪です。

そして今回のことはおそらく政治家たちの、いうなれば氷山の一角に過ぎないといった表現が適切なのではないかと思います。

ではそんな大きな間違いを犯しているのにもかかわらず彼らを野放しにしておいていいのでしょうか?「辞表出すから、勘弁して」ということで許されることなのでしょうか?そんなもんなんでしょうか。

国の責任を負っているからにはそれなりにもっと重い責任があるはずです。実際に日本の政治家はアカウンタビリティーがないため、不透明な部分が90%以上を占めています。

そのような特殊な政治家たちを抱え込む日本に提案です。

*提案その1
今後このような日本の恥さらしをした場合には、辞表だけでなく実刑判決を受けるべきである。それは選挙のような国民投票で判断し、実景を言い渡す。

提案は1つしかないのですが、とにかくそのようにすればもう少し政治家という職業にムチが入るのではないかなと思います。

「ごめんなさい、辞表を出します」ですまないような事態になっているのが今回の状況だと思います。では今後このような事態を避けるためにどうしたらいいのか。今回の失敗から学ぶべきことはたくさんあると思います。だから政治家にはもっと責任を持ってもらおうと、考え付いたのが今回の実刑判決の提案です。

実現はほぼ不可能だと思いますが、われながらいいアイディアだと思います。

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2009年2月15日 (日)

花粉症との付き合い方

Misc_pollen_2 さてさて。昨日2月14日は2月とは思えない生暖かい風が吹き「地球温暖化だー」って思った人もいるのではないでしょうか。最近はマスクをしている人を多く見受けます。そうです。この季節がやってきました。花粉がばらまかれる季節です。

そんなこの季節の被害者は相当多いのではないのでしょうか?シードプランニング社によると2005年の花粉症の全国推計有病者数は約2,200万人にも上 るそうです。日本の総人口は1億3千万人ですので、実に17%の人が花粉症ということになります。約5人に1人は花粉症ということになりますね。

自分もその中の一人です。花粉症患者です。被害者です。花のむずむずに悩まされております。

という前置きはこれくらいにしておいて、ちょっと自分なりの花粉症対策というのを考えてみました。しかもまだ誰も試していないであろう対策を・・・

さて、人間は病気します。誰でもします。「馬鹿は風引かない」というような言葉がありますが、それはおいといて。「病は気から」という諺があります。気持 ちが病んでいると病気になるということです。ということは逆を考えれば「健康は気から」、つまり気持ちが健康であれば健全な体を作れるということになりま す。

「そんなんで治るんだったらとっくに試しとるわ!!アホ」というような意見も聞こえてきそうですが、自分がこう考えるのもちょっとした理由があります。と いうのも1世紀前に書かれた書籍で”As A Man Thinkeith”という良書があります。これは花粉症に関する良書ではなく、いわゆる人生の本というのでしょうか、自己啓発本のようなものです。

1世紀以上たった現在でも世界中で読まれ、そして共感を得るという歴史的な良書の中からちょっと引用します。

「心の中の思いが私たちを創っている 私たちは自分の思いによって創り上げられている・・・(中略)もし私たちが清い思いばかりをめぐらしたなら 私たちには喜びばかりがつきまとう 私たち自身の影のようにして」

そしてこれもよく耳にすることですが、「笑う」が「薬」になるということです。たぶんこれは科学的にまだ証明されていないと思いますが、このような事例と事実があるということは真実です。

ということはですね、花粉症が治っている自分を想像することで花粉症が治るのではないかという仮説ができあがります。99.9%の人は「花粉症」=「仕方 がない(これも日本人の口癖ですね(笑)」というような方程式を勝手に作っていると思います。そんなことを決め付けていたら治るもんも治りません。

花粉症がひどくて毎日飲み薬を服用している人、注射を打つ人、だてめがねをつける人、マスクをつける人、もうやだから外に出ない人、さまざまな人がいると思います。考えられないくらいつらい思いをしている人は大量発生しているはずです。

毎日大変な思いをしている方が多いと思います。そこでです。今年の今日からは花粉症が完治している自分を想像しながら生活するのです。私はちょっとそれを実験的に自分で試しています。それとなく良くなってきたような気もします。

あきらめずに、とにかく思い続けることです。夢として花粉症完治という目標を持ち、それに毎日突き進んでいくのです。次の日にさらにひどくなっても、その 次の日はちょっとよくなるはずということを忘れずに生活するのです。すると健康が影のようについてきて、花粉症がすっかりよくなるという考え方です。

科学的には説明できるのかできないのかちょっと分からないのですが、試す価値は十分にあるのではないでしょうかね。自分が思っているということがどれだけ自分の生活に影響を及ぼすのかということを利用した花粉症への治療法です。

ぜひお試しあれ~

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2009年2月13日 (金)

信頼貯蓄

つい先日自分の人生のバイブルでもある「7つの習慣」を久しぶりに手にとって少し読み返してみました。そんな中ちょっと目に入ったのがこの「信頼貯蓄」というものです。

あなたは信頼貯蓄をどれだけ貯めていますが?もしくは貯まっていますか?まーどれだけといわれてもしっかりと信頼貯蓄を計るものが存在しないので基本的には不可能です。

当然のことながらその貯蓄高が多いほうがいいに決まっています。そして貯蓄高が多い人同士がくっつくと、非常によい関係を作る基礎があるということになる。そんなことが本に書いてあったと思います。

信頼というのはさまざまなところで見受けられます。お金を貸すとき、子供を預けるとき、秘密を言ったとき、家を作るとき、仕事をするとき、飛行機に乗ると き、もう信頼が世界中のあちこちにはびこっています。そんな信頼で成り立っているようなこの世界。信頼残高が多いほうがいいに決まってます。

そんな信頼貯蓄は簡単に残高がゼロになります。へたすると信頼負債となってもう元通りにならないくらいのダメージを受ける可能性が十分にあります。でも自分の言動や行動ひとつでしっかりと信頼貯蓄を貯めていくことが可能です。

こつこつと信頼貯蓄を貯めていきたいですね。そして信頼貯蓄をたくさん持っている人たちと付き合っていきたいものです。

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2009年2月12日 (木)

「心を律する」

心を律する。人間にはさまざまな誘惑がある中でそのようにしっかりと生きていくことはちょっと大変なことかもしれません。

広辞苑によると「律する」とは、「おきてを定める、また、一定の基準によって処置する」とあります。

つまり、「心を律する」とは自分の心に掟を定めてそれにより自分を制御するということです。たぶん。自分はそう理解しました。

さて、果たしてこの世の中で「心を律して」人生を全うすることができる人はどれだけいるのでしょうか?確かに一度も自分の掟に反したことはやっていないという人はいるかもしれませんが、それは自分の中の掟であって世界中に共通するものではないです。

ではその自分の心の掟が全世界共通するものであったらどうでしょうか。間違いなくそれは大切なものということになります。心を律する掟として申し分ないものということになります。

自分の中で「心を律する」ということを誠実に守りながら人生を生きた人物といってすぐに思い浮かぶのはガンジーです。彼は宗教という掟にはじまり、自分の中で信念を持っていたと思われる人物です。(「ガンジー自伝」参照、なかなか面白い本でした)とにかく人生には誘惑がつきものですがそれをことごとく信念と掟により打ち砕いていった人物だと思います。

「心を律する」ということを続けながら人生を生きていくと果たしてどのような人生が送れるのかと、個人なりに考えてみました。やっぱり自分の中の掟が自分 を支配することになるのでその掟はユニバーサルなものでなければいけません。掟がユニバーサルだと人生に致命的なミスというのはおきないのではないかと思 います。そしてガンジーのように周りの人たちを幸せにできる基礎的なものを持っているということになると思います。

ガンジーとまでいかないにしても、自分の周りにいる人を幸せにすることは可能だと思います。「心を律する」ことで人間は大きな財産が得られるのではないでしょうか。

「心を律する」・・・・一見簡単そうで、続けるには非常に難しそうな言葉です。

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2009年2月10日 (火)

困難な壁とのうまい付き合い方

今回は江戸幕府初代将軍徳川家康公が言った言葉についてちょっと考えてみたいと思います。250pxtokugawa_1_3

「人の一生は重荷を負うて遠き路を行くが如し 急ぐべからず 不自由を常と思えば不足なし」

世にいう「偉大な人物」というのはなにか共通したような点があるのだなと思いました。そのひとつが困難に対しての考え方なのかなと思います。

人生に困難はつき物で、どんなに完璧な人でも、強い人でも、素敵な人でも必ずぶち当たるものだと思います。もちろんそれにはたいしたことのないことから、精神が押しつぶされそうになるくらいの困難までピンきりであると思います。

多くの人はそれをいやに思い、そこからへこんでしまいなかなか立ち直れなかったり、そんな人は自分を含めて多いのではないでしょうか?人生の中で困難を味 方につけたら、こんなにすごいことはないと思います。すごいというよりも、さまざまな点において困難を味方につけたほうがいいように感じます。

この家康の言葉にもあるように「不自由を常と思えば」というところがまさにそのことだと思います。人生はそう簡単に事が運ばない。だからそれを常態だと思 え。そんなようなことがこの言葉には隠れているのではないでしょうか。そして困難と人生というのはコインの裏と表のようなもので常に隣り合わせになってい る。だから「人の一生は重荷を負うて遠き路を行くが如し」ということではないのでしょうか。

でも実際にそれを実践していても、自分の場合一回困難にはまってしまうとなかなかそこから抜け出すことが難しいのではないかと思います。とうぜん困難にぶ つかれば、そしてずっとぶつかり続けていれば精神的になえてしまいます。でもその困難というのは自分にとっての成長するいいチャンスだというように捉える ことが必要だと思います。しかしそれが現実の世界になるとなかなかできないものなのです。ついつい困難を敵に回してしまう癖があるようです。

そんなこんななあと2ヶ月後に降りかかる多大な「困難(チャンス)」についての自分なりの考察でした。

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2009年2月 8日 (日)

宇宙の神秘

宇宙っていいなーと思いました。

というのも考えるとキリがないからなんです。確かに今すんでいるところは地球です。丸いです。昔は地球には終わりがあるという説もありました。そして地動 説、天動説ときて現在はしっかりと証明されています。しかーし!まだ宇宙はなぞのままです。なぞに包まれているロマンです。将来的に宇宙がなんとか説と かってなって証明される日が来ると思ってます。

単純に考えて、地球の外側は宇宙。では宇宙の外側は?なんなんだー!!!??ってことになります。でそのまた宇宙の外側のさらに外側は?またその外側の外側のさらにまた外側は?終わりってあるの?どうなの?っていう具合にもうきりがありません。

それからよく考えると宇宙の距離というのはとてつもなく遠いです。まず単位からして違います。光年です。ひかりの年です。もうどのくらい早いのか全然想像 もつきません。でも古代の地球から考えると、自動車や電車、さらには飛行機なんて夢のまた夢のようなものであったに違いありません。船で何ヶ月もかかって いったところが今では飛行機で半日もあれば着くことができます。

ということは何世紀か後に、現在ではとてつもなくはなれていると考えられているほかの銀河だったり星に異動するようなことが実際に現実のものとなると考え るのが普通ではないでしょうか?自分が生きているうちにそうなるとは考えにくいですが、そのうち。遠い将来そうなる日がきてもおかしくはないと思います。

でも大体自分の年齢になるとこのようなロマンはロマンで終わってしまうのがちょっと悲しいです。結局他人任せロマンというものになってしまっています。追 い求めるのがロマンですが、もう自分で追わないで他人任せになっているからそれはもうロマンといえる代物ではなくなってしまったような気がします。

でもそんな話とかにはめっぽう興味があります。雑誌NEWTONでも買いに行こうかと思います。

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2009年2月 7日 (土)

記憶力がある人物

私の周りの社会人のなかで、みんな口をそろえて「尊敬している」という人物がいます。

その人がどのような人かというと「記憶力がある人物」です。

記憶力がいいというのはその人の先天的な能力というのがあると思いますが、自分が思うに、その人の努力が隠れていると思います。ではその人がどのように記憶力がいいのかちょっと例を出してみます。

その人の記憶力はビジネスの場でいかんなく発揮されています。具体的にどういうことかというと、その人は会社でも上役の副社長という位置にいます。そんな 超多忙な副社長が何回か営業所などのブランチに顔を出すことが何回かあるそうです。そんなとき副社長はただ顔を出しているだけでなく、さり気ない一言が社 員の心をつかんでいるといいます。1年ぶりくらいにその事務所を訪ねたのに、誰がいなくなったのか、誰が増えたのかというのを正確に把握しています。

確かに会社の規模としたらダイダイ大企業ではいのでそんくらいできるっしょと思うかもしれませんが、大事なのはその副社長がしっかりと社員一人一人に対し て目を見張っているからできることだと思います。そしてここからは自分の想像なのですが、その副社長はたぶん自分で社員のことを覚える努力をどこかでして いるのではないかと思います。

やはり会社を動かす位置にいる人は、会社だけでなく社員も動かせないといけない。それは仕事の面でも当然そうだし、心の面でもそうでなくてはいけないというのが、今回自分がこの副社長を見て思ったことです。

だから自分はその副社長の技を盗もうと思います。盗んで自分のものにしようと思います。誰もがそのように記憶力がよくなる素質を持っていると自分は思うので、自分はそれを身につけます。そして・・・次のレベルへと。

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2009年2月 6日 (金)

人に変化を与えることは可能である

人は他人を変えることができるか?180度変えなくとも、考え方などを少しでも変えることは可能だということを今回わかりました。

それは最近私の身近なとこで起こったのですが、とにかく自分は楽しく生きることを目標としてきました。「三毒追放」から分かるとうり、邪念をことごとく追 放してとにかくすべてをポジティブに捉えることをしていました。捉えるだけでなく、それを口にも出し、さらに実践し、とにかく自分の人生にくっつけてきま した。そんな日々が続いて、さらに大学もほとんど終わった時期だったので特につらい時期があったわけでもありません。

で、ちょっと最近ちょっとしたことで凹んでいたときそれが1日か2日くらい続きちょっと回りにあまり元気がないことがばれてしまいました。いつもならあり えないくらいポジティブで考え方が人生を楽しくするような考え方なのにどうした?いつもの考え方でいけばいいんじゃない?と言われました。

それはまさしく自分がずっと心がけてきたことで、ちょっとしたことでそのことを忘れていました。そんなとき、自分の考え方を気に入ってくれた人が楽しくな さそうな自分を見て、どんなことでもポジティブに捉えたら?と言ってくれました。普通に感動です。確かに自分がいつも思っていることなのにちょっとした事 でそれを忘れてしまっていて、それを教えてくれる人がいる。

やっぱりそれは自分がそのようなポジティブな生活を心がけていなかったら、その精神を回りに見せていなかったらそんなことは起こらなかったと思います。起 こるかもしれないけど、確率的には非常に低くなると思います。そんな自分がいつも心がけていることをぼそっと言われただけだったのに、その言葉でとても気 持ちが楽になりました。すべてのことはラッキーと思わないと。もったいない。Mottainai!!

こんな風にたまには背中を押してくれる人がいるっていうのはとっても心強いものだと思います。自分の人生は自分の人生で責任もとらなければいけないけど、 人間やっぱり一人では生きていけません。今回それを痛感しました。ほかの助けがもらえるときはしっかりとそれを受け入れる勇気も必要です。何事にも勇気は 大きな財産になると思っています。財産というより武器というか、あったらめちゃくちゃ役に立つものというか、とにかく人間にとって命の次に大事なものでは ないかなと思います。

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2009年2月 5日 (木)

Family Comes First

"Family comes first" This is the quote from the movie called "Click". I think this movie should be watched by people all over the world. There are a lot to learn from that movie.

ということで、この映画はみなさんに見てもらいたいですね。今日も友人たちにごり押ししてきました。

最初はただのくだらない映画かなーとも思っていたのですが、自分の友人が薦めてくれたのでしっかりとみました。確かにちょっとこんがらがるとこもあったの ですが、最後にすべての糸がひとつにつながって「なるほどー」と思いました。コメディーチックな内容も含まれているので映画に入りやすいということもあっ たと思うのですが、自分はこの映画の最後のシーンが一番好きです。最悪の夢(のようなもの)から覚めた主人公が、妻と子供たちといっぱい楽しもうとしてい るところです。なんともいえない気持ちになります。

さらに印象的だったシーンが、自分が死ぬ前に息子や娘たちの前で言った言葉です。主人公が自分勝手に生きてきた、そしてその結果が惨憺たるものだったの で、そんな思いを自分の息子や娘にしてほしくない。そんななかで、死にそうになりながら言った言葉が"Family comes first"です。

とにかくこの映画が言いたいことはただひとつ「Family comes first」ということに尽きると思います。自分の妻、子供たち、母親、父親、絶対に感謝しなければいけないのは家族です。この映画の場合は仕事に没頭し てしまう主人公がいましたが、それでは幸せではないのかなと思いました。

確かにこの主人公は恐ろしい自分の未来を見たからそうなったかもしれませんが、自分が本当に感謝しなければいけない人たち、精一杯の努力と愛情をもって接 しなければいけない人は必然と決まってきます。これはすべてのひとに遍く当てはまることではないかと思います。特に仕事熱心な日本人たちはこの映画をみて ちょっと何かを学んだほうがいいと思います。(でもまだ働いていない自分が言うのには気が引けます)

でも、だからこそ自分もこの夢の中の主人公のようなミスをしないように"Family comes first"の精神を貫いて将来を生きていきたいと思います。

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2009年2月 4日 (水)

怒られるのは嫌だ

怒るということはどういうことか少し考えてみたいと思います。

一般的に言われているのは、というより誰もがそうだと思いますが「怒られることはヤダ」です。誰も怒られていい気持ちになることはまずないと思います。で もそれは怒られる側の立場しか考えていないからそうなのではないでしょうか?怒られる人は怒る人の立場を考えることをしばしば忘れてしまいます。

社会人とお酒を一緒にする機会があったのでそのときに「怒る」という話題になりました。その社会人は地位的に少し上のほうにいるのでなかなか部下に怒る機 会があります。でもその人が言った一言は「なるほど!」と思えるような一言でした。それは「怒るというのは難しいし、勇気がいるものなんだよ」ということ です。

確かに、いいタイミングで、いい状況で、いい言い回しで、正しく正確に怒るということは非常に難しいし、勇気がいることだと思います。怒るということはそんなに簡単なことではないということを知っておくことも十分大切だと感じました。

社会に出ると必ず怒られることがあると思います。でもそのときにこの社会人が言った言葉を思い出すと、少し自分がなぜ怒られているのか、その自分がやった間違えをしっかりと素直に向きあうことができるようになるのではないかなと思いました。

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2009年2月 3日 (火)

どこでもドアが実際に存在したら・・・

これはよく聞く話ですが、「ドラえもんの道具で一番ほしいものは何?」。よくあるありきたりな質問です。そうなるときまって上がってくる答えが「どこでも ドア」という優れものです。ご存知のとおりドアの向こうに行きたいところがあるという優れもの。一瞬のうちに異動できるのです。瞬間移動ドアといってもい いかもしれません。

確かにどこでもドアがあったら便利になるでしょう。それは間違いありません。そりゃー旅行だって一瞬で行けるのだからお金もかからないし時間もかからない すごいものです。でももし実際にどこでもドアが存在することになったらどうなるか?考え付く限りあげてみたいと思います。

その名も「もしどこでもドアが現実に存在することになったら・・・」です。

こうなったらまず何がなくなるかというと、まず交通機関です。電車、車、飛行機、船、自転車、オートバイなどなどあらゆる乗り物がいらなくなります。人を 動かす必要がなくなると、次にモノを動かす必要がなくなります。ということで世界中の物流企業が次々と廃業になっていきます。というようにどこでもドアが 世界を牛耳ることになると大変なことになるのでそれは国有企業、もしくは地球有企業になるのではないでしょうか。そうなると価格: 640,000円というのは低すぎる価格ではないでしょうか。(ウィキピディア参照)

もし多くの人がどこでもドアを所有することが可能になれば、土地の値段が均一になる可能性があります。瞬間移動ができるので都心に住もうが、郊外に住もうが関係ありません。そうなると土地からは利益を見出すことが難しくなり、国営企業になるのではないでしょうか?

あとそれから、人間の移動が自由になってしまいます。もうvisaとか言っている場合ではありません。誰がどこから来たのかわからないし、もう誰が誰だか わからなくなってしまいます。もう本当のborderlessになると国という感覚がなくなり、国ごとの政府は必要なくなるのではないでしょうか。その代 わりに地球政府ができてその下で、地球民が社会保障を受けるという状態になるのではないかと思います。

さらにセキュリティーの問題が浮上してきます。どこでもドアだからその名のとおりどこでも行けてしまいます。そうなったらプライバシーもくそもありませ ん。どこでもドアが世界に普及したらあなたの家にアルカイダがやってきてテロでも起こすかもしれません。そうなると犯罪件数が非常に多くなること間違いな しです。こうなると警察も犯人を捜すのが簡単になるのか難しくなるのかわかりません。戦争も簡単に起こすことができます。しかも誰がやったかわからない、 無差別テロが世界中に広がることになります。あなたの家にクラスター爆弾が投下されてもおかしくないのです。

そうなったら地球はもうchaosです。やりたいほうだいです。

しかし、その発明がどこでされるかによってその後が大きく変わってきます。どこでもドアを発明した国は、もしくは人は、世界をのっとれるのではないでしょ うか。以上のことを考えるとそうなっても全然不思議はありません。どこでもドアを発明した国がアフリカの小国だとしてもその国は世界をのっとることが可能 になるでしょう。

それでも皆さんは実際にどこでもドアがほしいと思いますか?あったら怖いくらいです。実に。。。

ちょっとくだらないことを延々と書いていましました。笑。。。

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2009年2月 2日 (月)

地球温暖化は真実なのか??

これは少し前にドキュメンタリー映画になったアルゴアの「不都合な真実」からも引っかかってくるのですが、地球温暖化は本当なのか?という疑問です。

なんでも地球が温暖がするということは別に何もおかしいことではないというのです。最近はCO2が増えているといって、世界中の企業がこぞってCO2排出 削減を目指しています。CO2がO2になるプロセスは皆さんご存知の光合成です。私たちは単純に森がなくなっているから、CO2を吸収する作用の光合成も 少なくなっているという考えます。果たしてそれは本当なのか?

これはひとつの仮説ですが、光合成はCO2の量が多くなるに比例して光合成をしてO2を生産する量が増えるといいます。ということは森が少なくてもしっか りとCO2をO2に変えてくれる植物があるということになります。しっかりと計算して実際にどの量の植物がどのくらいのCO2を吸収してO2を産出するか というのを詳しく調べればこの真実がわかると思います。そのうちこのような研究が出てくるのではないでしょうか?それかすでにあるのかも知れません。

でももしこの仮説が正しければ、実際に地球上にはCO2をO2に変えるメカニズムが存在しているということになります。CO2削減は正しい方向性を持っているのか?「不都合な真実」からもいくつか捏造的な不都合な真実が浮上してきたことは記憶に新しいと思います。

この議論は耐えないと思いますが、実際にもし今CO2が仮に地球環境に悪い影響を及ぼしていないという結論が出たとするとどうなるのでしょうか?今企業は すごい勢いで地球環境にやさしい事業を進めています。これらの努力がいらなくなったらこれは一大事です。具体的には予測がつきませんが、企業たちはさらな るシフトを必要とするようになるのではないでしょうか?

実際に今企業で、現実的に環境問題を意識してそのような事業に取り組んでいるところはいくつぐらいあるのでしょうか?世界のトレンドと日本の法律が「地球 を汚しちゃだめ」といっているから、そのような行動をしているわけであって心底心配している企業は果たしてあるのでしょうか?これは民間企業には難しい選 択ではないかと思います。利益を出さなければいけないところ、儲けなければいけないところが環境問題という難題につき合わされているわけです。つき合わさ れているというのは語弊があるかもしれませんが、民間企業はなかなかそのような思考をもって行動するのは難しいのではないかと思いました。

まーそれにしても、とにかく今の人間はすごい勢いで地球を汚し続けているからそのつけを払う日がいつきてもおかしくないと思います。地球の歴史を100 ページの本にたとえると、人間が現れたのは100ページ目の、最後の段落の、最後の行の、さらに最後の2~3文字くらいだといわれています。そんなひょっ こり現れた人間どもに地球は例を見ない速さで汚されています。だからもう一回くらいノアの箱舟でも造ってドカーンとやって方がいいのかもしれませんね~笑

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「〇田論」

「〇田論(名前を出したらだめなのかと思いました)」聞きなれない理論ですが、これは自分の知人が就職活動をしていたときにどこその説明会かなんかでも らったものです。以前の自分だったら特に興味もないし、何だよその理論は!?みたいな感じで笑い飛ばしていたこと必死でしたが、「周りはみんな先生」的な 精神でとにかく知らないものには興味がなくとも飛びつくようにしたので、その「〇田論」とやらを読んでみました。

第一印象としてはまーなんと読みにくい文章なんでしょうか~・・・・笑 と思いました。別に否定しているわけではないけど、やっぱり出版されている文章と そうでない文章には歴然とした違いがあるのを痛感しました。そんなことを言っているうちに自分の文章も「まーなんと読みにくい文章なんでしょう か~・・・・笑」とかって笑い飛ばされているのではないでしょうか?笑 

それはおいといて、その「〇田論」の筆者がどのようなbackgroundを持っていて、どんな職業についているのかは全然わからなかったのですが読んでみると「ほーぅ」というような納得できる部分もあったので紹介したいと思います。

まずは「カリスマより、チームでスターになる」というものです。
これは非常に日本的な考え方ともとれるのですが、組織で考えているうえではいい考えではないかなと思いました。(でもこれは職業によるのかなと。だって やっぱり個人的な数字が必要になってくる部署とかにいたら周りよりできないと、つまりカリスマ性がないとそこから抜け出せず昇進することができないそんな 状況下ではカリスマ性は重要な能力のひとつだと思います。)

チームプレイの業務の中ではこの考え方は最優先事項ではないかと思います。チームプレイのなかで個人プレイは迷惑をかける原因になる可能性は非常に高いで す。個人プレーをして自分だけにすべてが降りかかってくるのならいいですが、チームプレイですのでメンバーみんなに迷惑をかけることは確実です。というこ とでチームとして動くときにチームがカリスマになろうというこの考え方は正解ではないかと思いました。

それから「長所を伸ばす」ということ。
これはうまい例があったのでそれをそのまま使いたいと思います。それは

ピッチャーの例で、普通ピッチャーにはピッチャーとして能力向上を専念さ せます。高校まではピッチャーで4番というのがありましたがプロの世界ではピッチャーはピッチャー、バッターはバッターと自分の長所を十分に生かし試合に 臨んでいきます。一人ひとりが好き勝手やっていたら当然チームプレイですのでそこまでいい結果は望めません。

これは経済的な考え方とも一致していて、例えばAという国とBという国があって、A国ではaというモノを作るのに特化していて、B国ではbというモノを作 るのに特化している。そこでA国がbを作ろうとするとbが生産できるがaの生産性は落ちる。逆にB国がaを作ろうとしても同じ事が起きる。しかし両国が特 化しているモノに集中して生産力を傾け、貿易をすることでA国がbを作るより、より多くのbが手に入ることになります。とうぜんB国も同様でより多くのa が手に入るようになります。これはしっかりと数字で説明できるので、疑い深いという人は経済学の基礎本でも読んでみてください。笑

これは仕事の場合でも十分当てはまるというのが「〇田論」です。確かに自分の弱いところを克服するのもありです。でもそれより強いところをさらに強化する ことで、グループ単位で仕事の効率が上がるということがあります。でもこれをグループでやるにはかなりのマネジメント能力を持っているエグゼクティブ が必要なんじゃないかなと思います。そもそも自分の強みとかっていうのを見つけるのが難しいのではないかなと思います。就活で自己分析をやっている諸君な らわかるんじゃないかなと思います。でもそれを難しいの一点張りでいてはそこから前には進めませんけどね。。。

まーそんなことがあるということだけでもわかったのでこの「〇田論」とやらを読んだ甲斐がありました。

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2009年2月 1日 (日)

文系理系隔離教育

日本国内でしばしば問題になるというか話題になる理系と文系について自分の意見を述べたいと思います。

そもそも何で文型と理系に分けるのでしょうか?そこからが疑問です。結局自分が大きくなって文型理系隔離教育がなされてきて思ったのが、別にそこまでこだわって分ける必要もないのではないかと思いました。

社会一般では「理系」は金がかかり、将来的には高給取りになり、頭がいいというようなイメージだと思います。「文系」といえば、数字に弱い、論理性がない、イケイケドンドンな感じのイメージがあります。

どっちがいい悪いではなくて、もちろんどちらにもいい部分と悪い部分はあるのでそこは特に言及する必要はないと思います。

まーこんなことはさておき、自分が気づいたことは文系理系どうのこうのよりもうちょっと違う視点から見たものです。

一般的に理系の人は理系の社会で生きていくというもののように思います。もちろん例外はありますが、高校を卒業して、理系の大学学部に入り、それをそのま ま生かせる研究員のようになって行く。(完璧に自分のステレオタイプです)ということは、理系の人は将来的に理系の人物とかかわることが非常に大きい。理 系と同じように文系もそうで、文系の道を選んだら文型の人たちとしか関わりがもてないのではないかと思います。(これもまたステレオタイプです)

で、同じような種類の人間とかかわっていくのも面白いし、それはそれでいいと思う。もちろん同じような考えを持ってる同士が集まるとそれは盛り上がるし、 話していて楽しいと思う。でも、ずっとしょうゆラーメンを食べていたら飽きる。そこに胡椒が入ることにより、スパイスがきいて同じものだけどちょっと味が 変わりおいしくなる。そんなことが人間のあいだに起こってもいいのではないかと思いました。

まさにそれを感じたのが、最近はじめて理系の人たちと飲んだのがきっかけです。やっぱり彼らは自分(私は文系です)たちとは違う考えとかを持っていて、会 話が新鮮で面白かったです。まさに今までずっと食べていたしょうゆラーメン(文系の中)に胡椒(理系の思考)が入ったのを肌で感じました。

そんなことを感じたものだから、文系理系隔離教育についてちょっと疑問を感じました。これは文系オンリーの大学にいる自分だけが思っていることかもしれませんが・・・・普通に大きな大学だったらサークルとかで文系理系のセッションがあるのかなとも思います。

でもそんなことを抜きにして、もし文系理系をもう少し混ぜ合わせることができたらお互いに刺激しあうことができるのではないかなと思いました。そしてそれ はお互いのためにもなるし、アウフヘーベン的考え方でまったく新しい思考や新しいアイディアなどが浮かんでくる場になるのではないかなと思いました。

ラーメン食いたくなってきたので・・・笑 失礼します。

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